10日のデヴィッド・ボウイの逝去に涙したばかりなのに、またまた音楽界に激震が走りました。
なんとSMAPが解散するという話です。
SMAP解散報道の一報が入ったのは真夜中の午前3時ごろだったようですが、私は朝起きてヤフーのトップ画面
からその事を知り、頭を殴られたような衝撃を受けました。
今までも何回も解散の噂はありましたが、それらは単なる噂でした。でも今回はどうも様子が違います。
正午のNHKテレビでも報じられ、あの宮根さんも驚いていましたが、NHKはラジオのニュースでも流して
いましたし、午後10時のNHKジャーナル(ラジオ)でもこの話題を取り上げ、女性アナウンサーや解説委員の人
までがSMAPに対する自分の想いを述べていたのには少々驚きました。
思えば昨年の週刊文春の記事に今回の兆しが見えていました。その記事の概要はジャニーズ事務所の
副社長のメリーさん&娘さんのジュリーさん(嵐派)とSMAPの長年のマネージャー飯島女子との確執、対立を
報じたものです。飯島女史がジャニーズ事務所の社長の座を狙っていると疑われたらしく、メリーさんから「SMAPを連れて出て行け!」と言われたようです。その後の両者の信頼回復は難しく、飯島女史は2月で退社を決意、その飯島女史にキムタクを除く4人が付いて行く形で退社、独立の道を歩んで行くようです。
飯島女史といえば、非常に有能なマネージャーでデビューしても、しばらくはぱっとしなかったSMAPを今の地位
まで引き上げた方です。SMAPとしても彼女に非常なる恩義と信頼を感じていたと思われます。
そこでなぜ、キムタクだけ残るのかというと、キムタクはジャニーズ事務所への恩義を優先したからだそうです。
また、一部報道ではキムタクが残ることで後の4人の独立が承認されたのではという話もあります。
まだ真相はよく判りませんが、現在は弁護士を交えて協議中だそうです。
グループですから、いつかは解散という日が来るのではと思いつつも、SMAPだったら絶対50歳まで続けて
くれると思っていました。事務所の派閥争いの末の解散とは余りにも理不尽だし悲し過ぎます。
長い間、支え続けてきたファンの気持は置き去りです。
現在のジャニーズ所属アイドル達の道を切り開いたのは飯島女史とSMAPです。
単なる歌と踊りだけでなく、バラエティ、お笑い、司会、報道番組の司会、俳優など様々な活動を行ってきました。
TOKIO,V6や嵐でさえも、SMAPが切り開いてきた道を進んでいるわけです。
現在、人気では嵐が一番と言われていますが、SMAPほど老若男女に幅広い人気があるとは思えません。
嵐の歌と言われても何も思い浮かびません。SMAPは色々な歌が思い出と共に蘇ってきます。
ヤフーのコメント欄を見ると、自分はSMAPのファンではないのに何故か泣けてきた。とか、SMAPと同世代で
自分は何も成しえなかったけれど、SMAPと時代を一緒に生きてきた思いが強いとい男性の方もいました。
NHKのアナウンサーの女性も小学生の頃に「がんばりましょう!」を聴いて、それからずっと共に生きてきた
とおっしゃっていました。大げさかも知れませんが、日本国民がSMAPと一緒に生きてきたように思います。
東日本大震災ではメンバーがそれぞれ億単位の寄付をしたと聞きましたし、バスに乗って被災地を廻り、被災
された方々を励まし続けていたのも事実です。(公にされるのを彼らはこのみませんでしたが。)
だからこそ結成28年という長い間、様々な人々に愛され続けてきたのだと思います。
香取慎吾を除く4人が40代になっても国民的アイドル、中年の星、レジェンドと言われる由縁です。
ファンだとは意識していなくても、みんなSMAPが大好きだったのだと思います。
私自身について言えば、洋楽好きの私が好きになった日本のグループはチェッカーズとSMAPだけです。
今から15年くらい前に東京スタジアム(現・味スタ)と横浜スタジアムの公演に2度ほどですが行っています。
デビューしたばかりの頃のテレ朝だったかテレ東だったかよく覚えていませんが、日曜日のお昼の番組を
見ていましたし、「夢はもりもり」も必ず見ていました。SMAPXSMAPも大好きで、毎回録画していました。
一番好きな歌はと聞かれれば「夜空の向こう」かもしれません。
今後、5人一緒の姿が見られなくなるのは本当に寂しく、辛いです。
テレ朝で草薙君の新しい木曜ドラマが始まりますが、その会見の際に彼は大きな紙に「涙」と毛筆で書き
ました。この言葉が今のSMAPの気持を一番、表しているように思えます。
解散時期は9月とも言われていますが、今後じょじょに色々なことが明らかになって行くと思います。
今、彼らに言えることは「長い間お疲れ様でした。そして有難うございました。」という言葉だけです。
SMAP=世界にひとつだけの花・・・・でした。貴重な貴重な花でした。






