聖路加国際病院のすぐ前の道路を隔てた場所に小さな公園があります。
慶應大学発祥記念の碑( 安政元年、福沢諭吉が学塾を開く)
「蘭学の泉はここに」の碑
聖路加病院のある辺りは旧中津藩の中屋敷があった場所で、この辺りが東京における外国人居留地と
なったのです。それ故、色々な発祥の地となっています。
この中津藩のあった場所で前野良沢は「解体新書」を翻訳しました。
それゆえ、この場所は蘭学事始めの場所と呼ばれています。
1858年(安政元年)、中津藩は福沢諭吉に塾の設立を命令します。
それが後の慶応義塾大学になるわけです。
この居留地にキリスト教各派(13会派)は競って、教会と教会系列の学校を作りました。
当時、10の聖堂と10以上のキリスト系学校が建てられました。
残念ながら現在も残っている聖堂はカトリック築地教会のみです。
キリスト教系の学校は
立教学院
明治学院大学
女子学院
青山学院
雙葉学園
女子聖学院
関東学院大学
暁星学園
アメリカンスクール
などの発祥の地であります。